入院当日 そのいち

朝起きてもやっぱり空は暗かった。
いや、実際天気も悪いんだけど。


でも、マジで暗い。視界が暗い。頭が痛い。
この時まだ私の中では、頭痛と眼は結びついていない。頭が痛いのは眼鏡の所為、見えないのはまぶたの炎症のせい、と信じている。
が、症状は悪化するばかり。


 昨夜の時点では旦那を送り出してから家事をするつもりだったのだが、朝になってみればもうその気はなし。行く。病院。まともな眼科。NETで調べてみるも天神近辺の眼科がなかなか出てこない。たぶん通院することになるだろうし、職場から近ければ近いほどいい。で、やっと探し当てたのはS総合病院。初診料はかかるけど、とにかく近い。昼休みに病院に行ける距離だ。
 この眼では仕事に支障が出る。くらげの仕事だとお金のやり取りもあるのだが、一瞬の判断を迫られた時、この目では難しい。今日のレジ当番は変わってもらわねばなるまい。とにかくまずは病院に行ってから、それからだが。
 自宅近くからタクシーに乗る。正直、このときの目の見え方は最悪。更に頭痛が凶悪。本人は普通に歩いているつもりなのだが、気が付くと手が頭にいっている。顔は下を向いて常にしかめっ面という状態。かなり辛かった。


 病院に着いて受付を済ませるが、実際の診察までは結構時間がかかる。昨日の医者とのやりとりを思い出してぷんぷんしていたら、ようやく診察に。
視力を測ってもらおうとするのだが見えない。度を測ってもらおうとするのだが測れない。殆どの検査で左は測定不能、右はかなりの視力低下である。
ちなみに後ほど見たカルテによると、右0.9は取れる筈の眼鏡をかけて0.4しか出てなかった。そりゃー世界は暗いはずだわ。
眼科のY本先生は最初に名乗って「よろしくお願いします」と挨拶をされる。ううむ。好感度高いぞ。昨日というか数日前からの状況、今、左目がどう見えているかを説明する。目に光を当てて目の奥を見られる。
「なんか、まぶたがおかしいとは言われたんですけど…」
「いや、視神経が腫れてるのは間違いないんだけど」
「え?」
「そうだね。まず、神経内科へ行ってきてもらいましょう。いくつか検査を受けてもらいます」
「は?」
えーと、神経内科って…―――???
SFモノのワタクシとしては、なんか脳神経とか脊髄とかニューロとかそういうイメージなんスけど?
 言われるままに神経内科へ向かう。受付してもらってしばらく時間がありそうだったので、職場に電話をかけておく。
 ボスに「なんか検査やらなんやらで時間かかりそうなんです。今日間に合わないかもしれません」と言うと「えー、それってどうなの、そんな悪いの?」と驚いた様子。「いやもう、かなりヤバイ状態なんですけど」と答えていたら公衆電話の10円が切れておしまい。―――ま、また後で電話しよう。
  さて、今度は神経内科の部長Y崎センセイの診察。やはり眼に光を当てて奥を見て「うーむ」。
ど、どうなんですか?わし。
「立って、歩いてみて」
「はあ。」
「じゃ、座って、はい、コレ見える?うん?見えるの。そか、うーん、そうだねえ」
言いつつ、端末を扱っていたかと思うと
「じゃ、入院ね」
さらりと、Y崎センセイがそう言った。
「―――は?!入院って、今から…ですか?」
…えーと、それはいったいどういう…というか、なんですかアレですか。私、まぶたが炎症起こしてるんじゃないんスか。
「うん、そう。えーとベッドは…ああ、空いてる空いてる」
言いつつ、センセイは早速電話をかけて手続きを始めている…
「えーと、やっぱり、しないと拙いんですよね…?」
「そだね、アナタまだ若いんだし。失明したくないでショ?」
「はあ」
「このままだと失明しちゃうよ」
「…そうですか」
呆然自失。いやマジで。
ワタクシ生まれて三十余年。入院と言えば熱出したか貧血起こしたかで一晩お泊まりしたくらいのもので、フツーの入院なんて経験ございません。
付き添いは何度もやったけど。
まだぼけっとしている私を横目に、センセイは次々に何やらを書いていく。どうも検査のオーダーらしい。
「じゃあこの後いくつか検査受けてもらうんでね、じゃ、外で待っててください、はい」
Y崎センセイはにっこり笑ってそう言ったのだった。


待合いに戻って、私の頭の中はまだぐるぐると回転していた。ああ、会社に電話しなくちゃ…でも、もしかしたら入院の必要ないかもしれないし。検査したらナンてことはなくて無罪放免…まではいかなくても、今日中には帰れるかもしれないし。
だけど、もしかしたら…というか、まず間に合わないよね…
電話に出たのは同じフロアの社員N山さん。
「スミマセン、ちょっと間に合わないみたいなんですけど、実はどうもなんか入院しないといけないみたいで…なんか、失明するかもって言われまして…」
いやもう、淡々と喋っているつもりだったのだが、気が付くと涙声なワタクシ。
ごめんなさいN山さん…


と、いうわけで。
神経内科の前でボーッと待っていると、看護士の課長さん(昔で言う婦長さん)がお迎えに。挨拶して病棟に連れて行ってもらう。が、この辺りからくらげの記憶はあやふやである。興奮していたかもしれないし、ショックが大きかったのかもしれない。
そしてこの後、くらげは更に面倒な経験をすることになるのであった…

入院以前 そのさん

忘れもしないその日、東京は快晴の花見日和。

実際、栗本MLはお花見だったのだけど、福岡での先約があって不参加。羽田に向かう途中でちょっとだけ寄れたらなあと思いつつ、慣れない土地で慣れないことをしてはアブナイ、と断念。さっさとモノレールに乗って羽田へ着く。
 相変わらず頭痛がひどい。どこかで落ち着きたくて喫茶店を探す。フレッシュネスバーガーが目に入るのだが、とある理由で入店せず。
これがのちのち大きな後悔を産むことになるとは…思いも寄らなかったのであーる(涙。

ここで荷物を整理確認していて、あることに気が付く。…昨日のお祭りのお土産にイラスト付きのバッグをいただいたのだが、ワタクシのコレ、間違えてヒトのを持ってきてるわ…コレ、ハヤカワの封筒に名前が…いや、ヒトのとは言っても知人のなんですけど…。
ご、ごめんなさい…
どーりで、あるはずの本が入ってなかったわけだ…

なんかもう、頭痛は痛いし荷物は間違えてるし、しゃっきりしないなあと落ち込みつつ、お土産を買って搭乗し、席に座って本を開く。
ちなみに、このとき読んでいたのはグインサーガ100巻(特装版)。
ここで、昨日の九段会館から感じ続けていた「おかしさ」が確信に変わった。
見えてないのである。
いや、全然見えないわけじゃない。が、ところどころ…というか、あちこちにモザイクが飛んでいる状態なのだ。
「本を読む」という作業をしていると、誌面だけを見ることになる。文字が並んでいる「かたち」を見ていると、あちこち見えないところがあるのがはっきり判るのだ。
 まあ、そこで「読むのをやめよう」と思わないあたりが自分でも業だと思うのだけど…。

右目では、見えている。
左目で見ると、間違いないく「見えない場所」がある。

飛行機の中で頭痛を抱えながら、福岡に帰ったらその足で眼科へ行こう、と思った。

      *  *  *  *  *  *

昼過ぎに福岡へ着いた時、外は雨だった。
東京は快晴で周りが眩しかったが、福岡は雨で周りが見えにくい。見えにくいので余計に頭痛もひどくなる―――気がする。
職場へお土産を届け、ちーむの子に東京で見た新刊の話をしつつ。
「左目があんまり見えてないからさー、コンタクト屋の先生に見てもらってくるわ」
「まあ、確かに一応眼科ですからね」
コンタクトレンズのショップは職場と同じビルにあるので、荷物をバックヤードに置いて出掛ける。どう考えても目はおかしい。が、日曜日なので眼科はまず開いていない。この状態でまさか全然悪くないってことはないだろうし。もしモーマクハクリ…なんて事だったら、診断すればすぐに判るだろう。
 が。診断は
「別に目に異常はありません。」
だった。
え?
「まぶたに少し炎症があるようですね。十日くらいみてください」
あのー、見えてないトコがあるんですけど。
センセイ、うすく笑って
「ああ。炎症おこしてるところから粘液が出てるんでしょう」
…はあ、そうですか。
拍子抜け。

こっちは絶対なんかある、と思ってたのに。
いやでも、まあ、いっか。いやむしろ、大丈夫ってことでショ。

「視力は測定不能ですけど、処方は出来ますよ」
とは言われたけど、なんか面白くなくて結構ですと答える。当然購入もせず。まあ、あと十日待って見えるようになってからでいいや、と思ったのだ。

ちなみに、目薬を処方してもらって診察代計二千円。

なにか釈然としないままいったん帰宅。
荷物を置いてから、旦那も待ってる馴染みの居酒屋常連花見に出掛けるも、外は雨というより、風は凄いわ…ほぼ嵐。
お腹は空いていたのでバーベキューの肉肉野菜肉野菜肉やら焼きそばやらビールやらは平らげたのだが、ここにきて一番、頭痛が痛い。
ずっとしかめっ面をしているらしく、まわりも体調を気遣ってくれるのだが、まあ目はよく見えないわ、頭は痛いわで、旦那を置いて早々に退散することにした。
 家に帰って荷物をほどき、ここ数日留守にしていたせいで片付いてない家の中をほったらかしたまま、布団と抱き合う。ごめんよなまこさん、明日は午後から仕事だから、明日片付けるよ…
後にいったん起きて自分の日記を付けたものの、それだけで一時間かかる始末。
はあ…
これが十日も続くのか…

入院以前 そのに

 そして、四月九日。

かなりタイトなスケジュールで東京へ出掛けたメインえべんとのお祭りの最中。―――初めて、目の異常をはっきり感じた。
左目の見え方がおかしい。
コンタクトが裏返ってる?
 元々、ソフトレンズでは乱視の矯正が出来ないが、面倒がりの私は左右同じレンズを入れている。こうすると左目の視力が若干落ちてしまうのだが、普段は気になるほどではない。が、この日、九段会館の二階席から見る舞台は暗く、もうこの頃は慢性になっていた頭痛ともあいまって、なんか「おかしい」のは間違いないな、と感じた。
だが、時はお祭りの真っ最中なんである。
おまけに上京中だ。
 まあ、帰宅してからコンタクトを作りに行くついでに診てもらえばいいや、と、そう思い、
やはり深く考えることはなかった。
 大典の夜は軽く呑みのあと、友人宅に宿泊。
 あまりに頭痛がするので、バファリンをビールで流し込むという暴挙に出たが、まあこれも普段から時々はやっていることなのでご愛敬(をいをい)。
とにかくこの日は興奮していたので、多少の頭痛とか見えにくさとか、そういう事はもうどーでもよかったんである。ある意味人生最高の時を経験した直後であるからして。文字通り見えてなかったのである。まる。
 そして。
忘れもしないその日が近づいてきた。

入院以前 そのいち

一月のおわりに風邪をひいた。
花粉症の症状と共にインフルエンザ並の熱が出ていたのだが、月末の温泉旅行の前になんとか治りきり、月を越えた。
二月にはインフルエンザをやった。
大病というわけではないのだが、やはり高熱が出てフラフラ。治りきるまで自宅でじっとして、やっと治まった。
三月はインフル直後から嘔吐下痢症。
病気としてはたいした事がないのだろうが、今年に入ってから一番きつい時期だった。

 ずーーっと続いた身体の不調をようやく脱した三月半ば。職場と同じビルの中にある眼鏡屋さんで、七年ぶりに眼鏡を新調した。
花粉症でコンタクトレンズの装用が辛く、最近、どうも視力が落ちてるなーと感じていたのである。
―――が、新調した眼鏡をかけていると、頭痛がすることに気が付いた。
 新しい眼鏡をかけた後一週間くらいは慣れなくて頭痛がするものである、というのは、眼鏡人の常識。今回のもたぶんそれだろう―――と、深くは考えなかった。私にとって頭痛とは、「血圧が低い時の貧血のおまけ」というイメージだったのである。

 そして、四月。

大殺界最後の歳の奇襲?!

とかく面倒と不健康が続いて数ヶ月、聞いてみると今年は金星人(+)は大殺界最後の年らしい。そりゃー最後にまとめていろいろ起こるかもしれないなと笑っていたのだが、まさかこの歳になってこんな判りにくくてめんどくさいことで入院する事になるとは思ってもいなかった。

そう、ワタクシ、入院してしまったんであります。

今になってみると、何が原因で何が問題だったのか判らないのでありますがーー。ともかく思い出せる限りちょっと前からの記録をーーここに残そうと思っておりますでございまするるる。